「ふるさと納税がおかしい」という日経コメンテーターの考え方がおかしい

2019年6月13日の日経新聞7面で、日経コメンテーターの上杉素直さんがふるさと納税制度に苦言を呈していた。

ふるさと納税では返礼品競争を是正するだけでは足りない。
そもそも制度自体がおかしい、というものだ。

上杉氏は

「寄付は得するものだという発想がおかしい」

と述べている。

欧米と比べて公益のために私財を差し出す寄付の文化が根づいていない。
そこにふるさと納税が登場し、寄付は得するものだという歪んだイメージが先行してしまったのが残念に感じているらしい。

上杉氏は現行の「寄付による税の優遇」を見直して、寄付して得をする現象を是正するべきだと主張する。
はじめの一歩として、個人の負担を年2,000円の定額から寄付に応じた定率に改めたらどうか、と提案している。

たくさん寄付するとたくさん返礼品をもらえるが、そのぶん負担も増えていくことになる。
返礼品だけを狙って寄付する行為を少しは抑えられるはずだ、と。


上杉氏の高邁な理想と美しい信条はもっともだが、日本では欧米のように寄付した人間が手放しで称賛される文化がない。
東日本大震災のときに孫正義が100億円寄付する、と宣言したときの大衆の反応は

「もっと金を出せ」
「早く寄付しろ」
「裏でせこいことやっているに違いない」

というものだった。

寄付して叩かれる日本で、誰が喜んで私財を投げ出すだろうか?
欧米の篤志家は完全なるボランティア精神だけで寄付しているわけではなく、金を出して名声や称賛、名誉を得たい、という気持ちもあるはずだ。それこそ金では買えないものだからだ。

金を払って名誉を蔑まれる日本で寄付が根付くことはないと断言してもいい。

上杉氏のような理想主義者は主張はもっともなのだが、人間のインセンティブについて全く思考が回っていないから実現性がない。
現行のふるさと納税がおかしい、と主張する上杉素直氏の脳内では、彼の中で築き上げてきた美しい理想の世界がある。

「寄付して得するのはおかしい!」
「強き者は弱き者にお金を還元するべきだ」
「寄付は無償の奉仕の心から行われるべきだ」

ハハハ。高邁ですね。
それだと誰も動かないから。

ふるさと納税にみんなが食いついたのは、「寄付して得するから」なんだよ。
そこは間違いないし、それでいいんだ。

得しなかったら誰もやらないよ。

上杉氏のいうように、個人の負担を寄付の額に応じた定率にしたら、寄付する人のお得感は薄くなる。
それだったらわざわざふるさと納税なんてやらないよ、という人が多くなるだろう。

たくさん税金を払ってきた高所得者が唯一報われるのがふるさと納税なのだ。
僕はふるさと納税のインセンティブの仕組みはとても優れたものだと思う。

高所得者ほどふるさと納税を行うインセンティブが強く、結果として寄付が集まりやすくなる。

正直言って、アマゾンのギフトカードを返礼品にするのはやりすぎだった。
というのも、アマゾンのギフトカードはあまりにも便利すぎて、アマゾンで日常的に買い物する人にとってはもはや現金と同じであるため、ギフトカードを許してしまうと、今度はギフトカードをどれだけの返金率にするかの競争になってしまうからだ。

そうすると、どの自治体も皆、アマゾンのギフトカードを返礼品にして、各自治体の差がなくなってきてしまうだろう。
自治体のインセンティブは「税金を集めたい」だからだ。
ふるさと納税を行う側は「寄付して得したい」だ。

ギフトカードは双方にとって最高の返礼品となる。
寄付は集まるし、お金も戻ってくる。

最高であるがゆえに、返礼品が「ギフトカードの返金率競争」に陥ってしまうだろう。
僕もアマゾンギフトカードを返礼品でもらったが、最高だった。


結論に入ろう。

「寄付して得する」インセンティブを否定する上杉氏の主張はお花畑だと言う他ない。
理想ばかり口にして、会社に一円の利益ももたらさないタイプの人間だ。

しかし、返礼品競争の行き過ぎを是正するべきだ、という主張には同意である。
特にアマゾンギフトカードは「これ以上ない至高の返礼品」なので、誰かが手を出してしまうとそこに 寄付が集まりすぎてしまう。
ふるさと納税の独占禁止法を施行するかのように、ギフトカードを禁止するのは仕方ないだろう。

自治体独自の魅力を発信し、ふるさと納税を集め、寄付する人は得をする。
それでいいじゃないか。

せっかく根付いてきたふるさと納税に冷水をぶっかける上杉氏の主張は全面的に同意できない。